アウトプレースメントを楽しみながら学ぶ






自動車技術に限っても、低燃費エンジン、排気ガス対策、代替燃料車の技術開発が、より活発に進められなければならないことだけは確実である。
八0年代の終わりごろ、日本車の評判は頂点にあり、まさに天下だった。
価格が安いにもかかわらず、品質も生産性も世界一で、故障がきわめて少ないと絶賛されていた。
絶頂期にあった一九八九年十二月と翌年四月十四日の二回に分けて、NHKが、「第二次交通戦争への処方箋・死者半減・西ドイツはこうして成功した!」を放映した。
ドイツでは増える一方だった交通事故による死亡者が一九七一年には一万八千七百五十三人となって、大きな社会問題になった。
安全論議が高まり、官民一体で取り組んだことで死亡者数は減り、一九八九年には約八千人にまで低下した。
それに対し、日本の場合、一九七O年の約一万六千八百人から一九八O年には八千八百人にまで急減したが、後は逆に増えていった。
交通安全キャンペーンや取り締まりを強化してもいっこうに減らず、八九年には一万一千人になって、後も一万人を下まわることはない。
ちなみに、ドイツの数字は、交通事故後三十日以内の死亡者数であり、日本の二十四時間以内の数字である。
日本もドイツと同じ三十日以内とすると、数字はさらに大きくなる。
この番組には、日本の行政や業界が安全対策への取り組みをないがしろにしていることへの批判が込められていた。
中でもとくに衝撃的だったのは、七0年代にドイツ連邦道路交通研究所が行なった、時速八十キロで車をコンクリート壁に衝突させる実験の映像である。
激突した瞬間、車はそり返り、前部と後部がくっつくようにしてU字形に折れ曲がってしまった。
客室空聞が完全につぶれたため、搭乗者がいたら間違いなく即死である。
映像は車の衝撃力のすさまじさを見せつけたが、それだけではない。
衝撃によって人間の脳がひまん性脳損傷を起こすことが多いとの指摘も衝撃的だった。
衝撃によって、豆腐が崩れるように脳が損傷するというのである。
によって、植物人間となったのち、しばらくして死亡するケ-スが多い。
この実験は、車の構造がいかに弱いものかも教えていた。
この番組が放映された一九八九年当時の日本車の安全対策は、衝突実験の映像に出てきたドイツの七0年代とさほど変わっていなかったのである。
番組ではこのあと、ドイツでの安全対策にスポットを当て、おもにベンツとフオルクスワーゲンでの取り組みが紹介された。
ベンツはスウェーデンのボルボとともに、早くから安全に関して熱心に取り組んでいることで知られており、ベンツ車の安全性には定評がある。
一九五三年には早くも、クラッシャプル・ゾ-ンと呼ばれる車体構造を採用していた衝突時の衝撃をできるかぎり吸収して搭乗者へのショックをやわらげ、かっ、客室の生存空聞を確保しようとするものである。
安全の第一歩は、実際に起こった事故を解析することからはじまるからである。
衝突時のスピード、角度、車の損傷の度合いなど三千ものチェック項目に沿って調査が進められている。
七0年代に入り、ベンツは安全対策への取り組みをさらに本格化させた。
一九七O年にアナログ式のアンチロック・ブレーキ・システム(ABS)を発表した。
翌七一年には、アメリカの提唱によってスタートした実験安全車(ESV)の開発にも参画している。
一九七二年にベンツが設置した衝突実験のためのテスト・センターでは、高速度カメラを駆使して衝突の瞬間を数千コマの画像に収録し、詳細に分析できる。
こうした分析の結果から、法律で義務づけられている前面衝突より、車体が片側に寄った状態で一部分がぶつかるオフセット衝突のほうが、ダメージが大きいことが判明した実際の事故を調査すると、オフセット衝突の件数のほうがはるかに多いこともわかった。
事故の瞬間、ドライバーが反射的に回避動作をとるからである。
そこで、ベンツでは一九七三年からオフセット衝突に対する安全実験を繰り返し、成果を車体構造に取り入れて設計したのが、三文式緩衝機構である。
車体前部の左右両サイドに、後端部が三文状に分かれた頑丈なサイド・メンバーを配置し、衝突したときのショックを、Aピラー(フロントガラスの両サイドのフレーム)、センター・トンネル(車体中央部)、サイド・メンバー(サイドドア下部)の三方向に分散させる仕組みである。
試行錯誤の末に完成した三文式緩衝機構は、一九七九年発表のSクラスのセダンに搭載され、以後、ベンツの全車種に採用されていく。
一九八一年には、エアバッグとベルト・テンシヨナ-ベンツの三叉式緩衝機を登場させている。
ベルト・テンシヨナ-とは、車の衝突時のショックによるG(加速度)を感じたとき、シートベルトが瞬時に作動して、たるみと乗員を同時に引き込んでシートに固定する装置である。
さらに一九八五年には、電子制御による差動装置の差動を固定させる状態の車を電子制御するASRなどの安全システムが発表されて、随時、量産車に採用していく方針を決めた。
ずさんな圏内向け日本車の安全性当時の日本の自動車メーカーでは、オフセット衝突に関する実験などほとんどなされておらず、ドイツのような独自の事故デ-タも持ち合わせていなかった。
リスク覚悟で、金、人、時間をつぎ込んで困難な技術革新に挑戦していくというパイオニア精神が、日本車メーカーには欠知していた。
欧米から「基礎研究ただ乗やゆゆえん」と郷撤され、物真似と批判される所以である。
まして、直接利益に結びつかない安全性への取り組みには無頓着だった。
輸出向けは、借りものの技術で欧米の安全基準を満たすようにつくってはいたが、圏内向けは、欧米よりも低い運輸省の基準に合わせてつくっていた。
国内向けには、側面衝突時に効果を発揮するドアのインパクト安全基準や規制を策定する立場の運輸省は、国民の生命の保護より、業界の利益を保護する立場に立って、安全基準のハードルを低くし、要求すべき項目を少なくしていた。
世界一の自動車生産国を自負しながら、一方で、こうした内外格差が公然とまかり通っている事実が初めてテレビで明らかにされたことで、一般国民に与えた衝撃は大きかった。
技術検査協会と協力して行なった各国の中・上級車のクラッシュ・テストの結果を公表した。
それによると、BMW、ベンツ、ボルポの車は衝突による危険度が低かったが、日本、イタリア、フランス、アメリカ系資本のドイツ車メーカーの寧は、多少の違いはあれ、いずれも高かった。
パプル華やかなりしこの時期、日本車メーカーは販売競争に勝ち抜くため、使いもしないような過剰な装備はつけても、人の生命に直結する安全対策には力も金も投入していなかったのである。
六0年代の欠陥車問題、排ガス規制、省エネ問題においても、日本車メーカーは、規制がなければ取り組もうとはしなかった。
外圧によってしか動きださない体質であり、そうした姿勢は安全性に関しても例外ではなかった。
当時の日本車メーカーは、ベンツやボルボのように製品価格が高ければ、日本でも十分な安全対策がとれると称していた後の経過からも明らかなとおり、安価な大衆車でもそれなりの安全対策が可能なのである。
開発された車がどのくらい安全かは、メーカーや事故調査を行なった警察、保険会社、自動車業界の研究機関などが明らかにしないかぎり、消費者が知ることはできない。
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